【アニメ】悪趣味vs無垢『アイドルマスター シンデレラガールズU149』第4話感想

2023年4月から放送のTVアニメ『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』第4話「羽が折れているのに飛んでいくもの、なに?」を観たので感想を書いていきます。

 

今回の主役は櫻井桃華(画面中央上。映りが小さくても主役と分かる上手いレイアウト)

 

見た目通りのお嬢様な彼女は、親族?がスポンサーもしているらしい関係でバンジージャンプをする番組に出演することになるが......という話。

 

番組ディレクターに超ステレオタイプな「高慢お嬢様」キャラを強要されながらそれを健気にこなす桃華。しかし最後は「自分らしく」バンジーを成功させめでたしめでたし......で良いのでしょうか?

 

「金持ちで上品なお嬢様が普通の子供らしく泣き叫ぶ様を撮りたい」という明確な悪意を持った悪趣味企画に無批判で乗っからせるのがまず問題ですし、「自分らしく」上手く受け流すことで何かを乗り越えた風に演出されているのもなんだか釈然としません。

 

前回の第3話から「大人の悪意に直接晒された子供が、その無垢さ・健気さによってその場をうまく対処する」という構図が続いた分余計に気になったのですが、大人側が子供に対して割と直接的に悪意を向けながらそこは特に裁かれないので個人的には感動よりモヤモヤが勝ってしまいます。

やたら力の入ったバンジー作画には普通に感動してしまった。

 

思い返せば1話2話もそんな面がありましたし、本作はそういう世界観なのでしょう。子供達の無垢さ・健気さを強調するために「大人の汚さ」を対比させるという理屈は分かりますが、それにしても大人の悪意が強すぎる気がします(2話は「悪い大人」の役割が志希フレだったので気にならなかった)。特に前回・今回と、みりあと桃華は「上手く対処」するだけなのもスッキリしないところで、第2話の仁奈のように立ち向かう姿勢を見せてくれれば良かったのになあと思います。

 

とはいえやっぱり作画や演出は、先述のバンジーシーンを筆頭に安定して上手いです。ただそれゆえに物語の倫理観を演出でごまかされているように感じてしまって、余計に身構えてしまうのも正直なところ。

紅茶→水と飲み物演出で、ステレオタイプを脱ぎ捨て「自分らしさ」を取り戻す様を表現しているのが上手い。

 

まだ序盤なのでこの先どうなるかは分かりませんが、いろんな意味で今後どうなるかが気になって来たので注目して見ていきたいと思います。

 

ちなみにサブタイトル「羽が折れているのに飛んでいくもの、なに?」の答えは「紙飛行機」だと思うのですが、物語にあまり関係なさそうでやはりよく分からないです。

 

 

それでは今回はこの辺で。

消灯ですよ。