【ミリオン14th】やっぱりツイン主演制って……(DAY1感想)

2026年9月20日に国立代々木競技場 第一体育館で開催された「THE IDOLM@STER MILLION LIVE! 14thLIVE DAY1 夢咲くワンダーミラージュ」、配信で鑑賞しました。

 

ツイン主演制という新たな試み……といえば聞こえはいいですが、主演アイドルの持ち時間が実質半減したうえ、これまでのようにアイドルひとりひとりににスポットを当てる内容ではなくなる懸念を大いに含んだ形式でのライブとなった今回。DAY1を観た感想としては「それぞれの主演公演を時間以上に詰め込めてはいるが、やはり時間は足りておらず忙しない」というのが正直なところ。

 

MCを削り、演出を削り、できる限り単独主演と遜色ない内容を見せようという努力はとても感じましたし、その気概に心打たれる部分は大いにあったのですが、今回はただでさえ時間が無い中「エミリーの世界観」、「まつりの世界観」、「2人の世界観」という3つの世界観が特に説明もなく提示されるので、今がどの世界観で何を表現しようとしているのかを考えているうちにライブが進み、あっという間に終わってしまったという印象でした。

いつもは「コンセプトをキャストに説明させるな!内容で語れ!」と思っていますが、内容で語る余裕がない今回のような場合、ある程度の説明は必要だったのではないかと思います。

 

エミリー主演公演「織々の花だより」

エミリーの公演は「四季をはじめとした日本文化を背景に、故郷のイギリスにも想いを馳せながらも、異国の地で見つけた自分の理想である “大和撫子” を体現する」といった内容だったと思います。新曲「ひととせ結び」がまさに今回のテーマそのものを表していて、歌詞を読めばこの公演で伝えたかった世界観もよく分かるでしょう(内容のシンクロは偶然のようですが)。

ただしこれはセトリの意図をよく考えて、新曲の歌詞を読み込んだうえでようやく得られた解釈です。初見で『初恋』と『Hug a nice day!』で四季を表現しようとしているのは何となく伝わりましたが、『風花』が冬の季語であるとか、『鉄の羽のエクソダス』がモチーフとしているスチームパンクはイギリスのヴィクトリア期がベースとなっているからエミリーのルーツを示しているのであろうとか、『オレンジ・エピソード』は遠い故郷にいる友人との大切な思い出を回想しているのだろうかとか、そういった文脈をリアルタイムで解釈するのはかなり難しかったのではと思います。

またツイン主演であることもややこしくて、冒頭の不穏なシャルシャロ風の演出から上記のテーマに繋がるとはなかなか思えませんし、助演の衣装も仮にエミリーの単独主演なら「なるほど和洋折衷でイギリス国旗カラーにイギリス的なチェック柄でエミリーらしいな」と思ったかもしれませんが、今回はツイン主演というのが先行していたので、それよりも前にエミリーとまつりで半々の衣装なのかな?と思ってしまいました。まつりパートの助演衣装もパッと見エミリーの和装部分をキャストオフしただけに見えたので「まつり衣装がベース?なんでエミリーは半分だけ?」としばらく混乱していました。(仮面ライダーのフォームチェンジみたいなカスタマイズ衣装のアイデア自体は結構好き。今後も何かに活かされそう)

 

そんな状況もあってなかなか集中できず、リアルタイムではこの繊細なテーマを受け取りきれなかったというのが正直なところです。これも仮に単独主演で、季節ごとに2〜3曲ゆったり使って、エミリーのルーツも含めた世界観にじっくり浸った後で、エミリーの理想とルーツのどちらも感じさせる『ひととせ結び』を聴いたら素直に超感動できただろうなと思います。

とはいえこんなことを想像できるのも公演の中に芯がきちんと通っているからで、セトリや演出の意図を考えたうえで再度観れば割と納得できます。というか私自身ここまでこの公演について考えて書いてきた中でかなり評価が上がりました。もちろんもっと分かりやすい単純なコンセプトでやることもできたでしょうが、今回のような形になったのはPへの信頼あっての選択でしょうし、そのこと自体は嬉しく思います。ただやっぱりもっと時間が欲しかった。

 

徳川まつり主演公演「わんだほー!まつり姫の☆プリンセスフェスタなのです♪」

一方のまつり公演はファンシーで可愛いお姫様!といったコンセプトで貫くストロングスタイル。盛り上がる曲も多く、いつものライブに近い形だったため比較的没入しやすかったのですが、エミリー公演からの切り替えが難しく、「この選曲にも深い意図が……?」しばらく疑心暗鬼でした。

もしエミリーとまつりの順番が逆だったらもう少し飲み込みやすかったかもしれません。感覚的にはこれまでのライブと同じような形で入っていけますし、助演の衣装的にも混乱しづらかったのではないでしょうか。まあギリギリまで内容は話し合われていたみたいですし、制作上難しかったのでしょうが。

 

映像演出も無しでパフォーマンスによるエンタメを貫く姿勢はエミリーとの良い対比になっていたとは思いますが、やはりこれも後から考えればという話で、リアルタイムで汲み取るのは難しかったと思います。そしてどうしても単独主演だったら実現していたかもしれない華やかなステージに想いを馳せてしまうのは否めません。

ただ、まつりの理想を貫くステージの最後に歌われた新曲『ネバーエンド・ワンダーランド』は素直に感動しました。ずっとまつりの歌詞を書いてきた松井さんならではの、最後まで「なのです」を使わないという必殺技を、ここしかないという場面で使ってくるのは流石の仕事。

 

 

しかし「やっぱツイン主演制って……」などとずっと考えていたせいで肝心のキャストのパフォーマンスにも集中できないまま終盤を迎え、最後は結局シャルシャロやんと思いながら見ていたら「トロッコあるの!?」「わた花!?」「新曲!?」と3連サプライズでいっきに持ってかれました。

その後の『Prima Princess!!』『 ドレスコード:最上級』『Eternal Harmony』という並びも期待を裏切らないもので、最終的な印象としては「うまくまとめられたな」といった感じです。

 

ただしこれはメインディッシュの物足りなさを豪華なデザートで補ったような感じで、やはり「主演公演」単体で見れば(内容が半分以下に薄まる懸念もあった中、与えられた時間以上のものを見せることができていたにせよ)これまでの単独主演公演と同じとは言えないでしょう。ライブ全体で見ればいつもの1.5倍くらいの内容が詰まっているのでいつも以上の満足感は得られたのですが、全ての賛辞が主演一人に捧げられるあの多幸感はどうしたって半減しますし、その分をデュオ新曲だけで埋められたかといえば、もちろん無いよりは100万倍良いとはいえ、それとこれとは話が別という気がします。

 

また、今回キャストが内容に深く関わっているということも気になっていて、普段ならキャスト発案の演出はとても嬉しいものなのですが、それは「本来ステージでパフォーマンスしてくれるだけでも十分なキャストの方が、より良いものを見せるために自ら演出を考えてくれた」ことが嬉しいからであって、「納得のいく内容にするために進んで関わらざるを得ない」というのは美談とは言えないと思います。

 

もちろん運営側も、おそらく本意ではない「ツイン主演制」を取らざるを得ない状況になってしまった中で(忖度参照)、主演キャストが納得できる形になるようにきちんと話し合いの場を設けて、できる限り希望を汲んでいたらしいのは良かったと思います。しかしパフォーマンスだけでも大変な主演キャストの負担を増やすのはやはり望ましくないでしょうし、全体の構成など作り込みが甘い部分は目立っていたので、もしまた「ツイン主演制」をとるのであれば、もっとよく練った上で開催して欲しいです。

 

今回はこの難しい状況で出来うる限りのベストは尽くしたとして、では「ツイン主演制」はどんな形ならより良かったのか?ということについても少し考えたりしたのですが、それについてはDAY2の感想と合わせて書くこととします。

 

 

それでは今回はこの辺で。

DAY2へ続く。

 

【読書】Audibleで聞いた本あれこれ

最近またAudibleで本を聞く習慣ができてきた。長時間ある分ながら聞きにはやはり便利。

 

以下最近聞いた本

 

『 自由の命運―国家、社会、そして狭い回廊―』(上・下) ダロン・アセモグル、ジェイムズ・A・ロビンソン 著、 櫻井 祐子 訳

「自由な社会」が現れるのはどのような状況なのか。それは国家が強大な力を持つ「専横のリヴァイアサン」、そして国家が全く機能しない「不在のリヴァイアサン」の間に挟まれた狭い回廊の中にある。そしてこの回廊に留まり続けるには、国家が強い力を持ちながら、社会の側も国家が暴走しないための足枷を嵌める力を持っている状態「足枷のリヴァイアサン」を目指さなければならないということを、様々な国家や社会の歴史を分析する中で示していく。

国家の力が強い社会に自由が無いというのは想像できるが、国家が力を持たない社会にも自由が無いという視点は新鮮だった。他方国や社会など大きな話に終始しており、そこに生きる個々の人間に対する視点は薄いが、国や社会が目指すべきところを明解に示せているのは意義深い。

上巻は図書館で借りて紙で読んでいたのだが、途中でAudible版があることに気づいて移行。しかし図を参照できなかったり、聞きなれない土地の聞きなれない固有名詞が飛び交うため、これは紙の本で読む方が合っていると思う。

 

 

『言語化するための小説家思考』小川哲 著

内容自体にそこまで新鮮味がある訳ではないが、論旨が非常に分かりやすいのと「ゴミである」といった言葉が度々出てくる皮肉な語り口が面白く、あっという間に聞ける。小川氏の小説は読んだことがなかったが、読んでみたくなった。

 

 

『人間らしさとは何か 生きる意味をさぐる人類学講義』海部陽介 著 (途中)

『自由の命運』で社会については考えたため、今度は社会を構成する人間そのものについて知るために聞き始めた。

まだ途中だが、ヒトがどのように進化してきたのか、なぜヒトのように知能を発達させた生物がいないのか、他の動物と比べても優れているヒトの身体的特性とは?、胎児が未熟なま生まれてくるのはなぜ?などなど、興味深い研究が数多く知れる。

講義を書籍化したという構成のため音声との相性も非常によく、超面白い講義を受講している気分で楽しめる。

 

 

引き続きいろいろな本を聞いていこうと思うが、まもなく小坂井敏晶氏の新刊『支配の位相幾何学 ――差別とメリトクラシーの根源を問う』(超面白そう)が発売されるため、差し当たってはそちらに集中したい。

 

 

それではこの辺で。

消灯だよ〜。

【映画】Youtubeが生んだ才能『バックルームズ』感想(ネタバレ)

映画『バックルームズ』観ました。

 

「The Backrooms」とは、アメリカの匿名掲示板発の都市伝説。奇妙な黄色い部屋が写った一枚の画像から草の根で広がっていった世界を元に、まだ10代だったケイン・パーソンズがYoutubeにアップした一連の動画シリーズが今回の映画版に繋がっています。

本作の日本公開が決まる少し前、Youtubeのおすすめで彼の動画がたまたま流れできたのがきっかけでバックルームズにハマったばかりだったので、今回の映画も非常に楽しみにしていました。

 

 

このYoutubeの動画シリーズがそもそもすごい。基本的にはCGで作られた映像でありながら実写の映像をシームレスに繋げたり、ビデオテープのエフェクトを上手く活用しており一見してCGと分からないほどの映像となっています。他にも手持ちカメラの手ブレ感、編集、演出、音響等、どれも素人離れしていて10代の仕事とは思えません。この若さで監督を任されるのも納得。

 

バックルームズ世界には黄色い部屋以外にも様々な空間があり、「エンティティ」と呼ばれる怪物が存在するとされています。そういった設定について考えるのもバックルームズの大きな楽しみではあるのですが、今回の映画は諸々の設定を見せびらかすようなことはせず、あくまで空間そのものの奇妙さであったり、不安といった感覚を中心に置く抑制の効いた演出が好印象。

 

とはいえ冒頭のファウンドフッテージ映像では監督の動画シリーズに登場する「バクテリア」と呼ばれるエンティティ(上に貼った動画のサムネにいるやつ)……と思わせるような絶妙な位置に三脚が置かれていたり、「プールみたいな部屋があった」というセリフ、謎の大企業「Async」など、「The Backrooms」及び彼の動画シリーズのファンへのサービスも抜かりなく、初の長編映画としても非常に良いバランスだったと思います。

 

また主人公の家具屋が撮影するローカルCMの感じなども、元ネタと思われる動画を例のごとくYoutubeのおすすめから見ていたのでニヤリと出来ました。勿論監督もリアルタイム世代ではないので、やはりYoutubeでこれらの文化を知ったのでしょうし、まさにYoutube時代の映画と言えるでしょう。

 


 

 


これはローカルCMをパロディしたギャグ

 


ケイン・パーソンズと同じくYoutube出身カリー・パーカーの『オブセッション 災愛』に登場するアイテムの90年台風架空CM

 

他方Youtubeの動画から長編映画にするために避けては通れなかったドラマパートについては賛否両論ありますが、「The Backrooms」及びリミナルスペース(不気味な無人の空間)に「惹かれてしまう人」については的確に表せていたと思います。

社会に馴染めず常に「ここではないどこか」を求めてしまう。誰かと居ることに対して息苦しさを感じてしまう。そんな心の隙間を抱えた人間にとって、「The Backrooms」は恐怖と同時に一種の憧れのようなものを感じさせる対象なのではないでしょうか。

 

その点本作における「The Backrooms」は様々な設定を持つお化け屋敷ではなく、むしろ主人公クラークの精神世界とも取れるように描いているのも良い調整で、なんとも言えない不安を醸し出す空間と、そこに惹かれる人間という構図が「The Backrooms」という現象そのものを上手く描けていたのではないかと思います。

 

もちろんドラマパートが少々退屈なのは否めないですし、展開も乱暴で、部屋に入ったり出たりを繰り返す構成のテンポが悪さも気になります。しかし描くべきものはしっかり描かれており、刺さる人には間違いなく刺さる一本になっていたと思います。私もちゃんと刺さりました。(ただしラストのおまけ映像だけは地味だし長いし劇場で見るものではなかったかなと思います……)

 

ともあれこれで世界観の説明は済みましたし、既に制作が噂されている続編では、さらに広がった世界を見られることを期待しています。楽しかった!

 

 

それではこの辺で。

Level6

【亜美真美】dual twin live tour「ふたごぼしのつばさ」「つみまつよるまち」東京公演感想【あずりつ】

2026年8月27・28日に Zepp Hanedaで開催された「dual twin live tour 双海 亜美・双海 真美 twin live “ ふたごぼしのつばさ ” / 三浦 あずさ・秋月 律子 twin live “ つみまつよるまち ”」、両日配信で鑑賞しました。ツアー前半の大阪・名古屋公演はYoutubeの冒頭無料配信を観ただけです。

 

今回は3都市2公演ずつのツアーということで、2日で3公演が基本だったこれまでの765xRライブシリーズから単純に公演数は2倍となっており、配信だけでも全通すれば総額27000円となります。現地で全通するならば最低でも6万円+遠征費というなかなかのハードルとなっており、やむなく最終公演配信のみの参加としました。

そのうえ木金の平日開催という点でもハードルが上がっており、どういうつもりでこの形での開催になったのかは気になります。ゆきまこ、やよいおり等に比べればメジャーなカップリングではないからミリオン14thのようにセットにするという戦略は分かるのですが、だとすれば木金の平日開催という選択は不自然。強気なのか弱気なのか分かりません。

最近は会場を抑えるのも難しく、経費も上がっているのは分かるのですが、アイマス全体でもイベントの数が増え、内容もマニアックになってきており、イベント参加のハードルがどんどん上がってきている気がします。

 

……どうしても景気の悪い話題から始まってしまいますが、内容としては2公演とも面白く、特に今回の最終公演を観れたのはとても良かったです。

 

 

ふたごぼしのつばさ

「ふたごぼしのつばさ」は、設定があまりにも漫画『棺担ぎのクロ。』のニジュクとサンジュすぎやしないかとは思いましたが、世界観に対して筋が通ったセトリになっており、盛り上がる曲も多く、何より亜美真美が動いているのを観るだけで楽しい。

目当てだった『ユニーク・スターズ・オン・ステージ!!』(これまでセルフで合体したやつを聴いていたため、正式名称初めて知った!と思ったが「THE IDOLM@STER 765PRO LIVE THE@TER COLLECTION Vol.2」に収録されていたのを完全に見落としていた)は、MRでしか実現できないカオスなステージで最高でした。

そして新曲の『北極星をズラしちゃえ!』は、アイマスも強く影響を受けた初期ハロプロ楽曲に先祖返りしたようでいて全く古さを感じさせない、これ以上ないほど亜美真美にピッタリの新曲になっていて最高でした。作詞作曲の星部ショウさんはもちろん、編曲の明石裕太さんも素晴らしい仕事だったので、是非また関わってほしい。全体曲とかやってほしい。

 

しかしこの公演で何より語らなければならないのが最後のトラブルでしょう。

配信では分かりませんでしたが、現地では冒頭の『スタ→トスタ→』で映像が途切れるハプニングがあったことに加え、ツアーを締めくくる大トリの『翼』カバーで亜美の声が聴こえないという大トラブル。それまでの全てが台無しになりかねない最悪のトラブルだったと思いますが、直後に謝罪と再演のアナウンス、そして亜美真美からの生メッセージという完璧な対応に加え、会場のP達の熱量も相まって完全に挽回したと言っていいでしょう。今回の公演を生で観られて本当に良かったです。

今回のトラブルは全く洒落にならないレベルでしたが、完成した映像を流しているだけではないということも分かりましたし、となればまだまだ工夫の余地も色々ありそうだとも思えたので、2度とこういうことが無いように気をつけていただきつつ、今回の経験を活かしてより良いものを作っていただければと思いました。

 

つみまつよるまち

「つみまつよるまち」は「ふたごぼしのつばさ」に比べてかなりしっとりとした印象で、しっかり対比が効いていたと思います。

 

特に良かったのが構成で、中盤の「ふたごぼしのつばさ」とのクロスオーバーから吹っ切れて明るい曲を歌うという構成には、他のライブではなかなか感じられない、dual twin liveならではのカタルシスがありました。

今回のライブ形式について最初に文句めいたことも書きましたが、少なくとも内容としてはこの形式である必然性があったと思いますし、セトリを見る限り全通していればさらに感慨も増していたことでしょう。

 

歌に関しても挑戦的で、あずささんはシリアスで余裕のない歌声、律子はウィスパーで抑えた歌声が基調となっており、20周年を超えてなお新たな表情が見れるのはやはり嬉しい。

 

新曲『Binary Star』は低体温で独特な浮遊感が気持ちの良い、期待を裏切らないパソコン音楽クラブサウンド。特に律子は普段歌っている曲とは真逆な曲調に合わせて、歌声も今まで聴いたことのない可愛らしいものになっており新鮮でした。ここ最近『灯』『Discord Area』など律子の歌の幅が広がっていて、挑戦をやめない姿勢に元気が出ます。

 

そして印象的だったのがアンコール『フタリの記憶』で感極まる律子とその後のMC。ここは見ていて戸惑いましたが、演出とするにはあまりに生々しく、これまでにないタイプの実在感を感じました。亜美真美に関しては純粋なトラブルでしたが、IWSFのDAY3などもそうですし、xRも鑑賞するのになかなか油断ならなくなってきました。現状何が正解かはまだ分かりませんが、手探りで様々な模索がなされている状況はやはり楽しいものです。

 

 

というわけでクオリティ的には申し分なく、新たな試みもあり新しい可能性も案じられた良いライブでした。この先はしばらく空いて、来年7月の765vs961となるので、それまでにラストの春香をやるのかどうか。ただやるとしても765ASフルメンバーとセットでやりそうな気もするので、しばらく展開は続きそうです。

しかしまだNEIの余韻が残っているので大丈夫なのですが、やっぱりキャラライブとキャストライブは別物なので、そろそろキャストライブの予定もあると嬉しい。大きなライブはxR展開が一区切りついてからという可能性が高いので、デレvsミリ(ここ最近のライブで一番楽しみ)みたいに他ブランドとの対バンとかやってくれないかしら。

 

 

それではこの辺で。

消灯ですよ。

 

 

 

 

書くことがない

書くことがない。

 

ここは主に映画・ドラマ・音楽・本・アイマスについての感想を書くブログであるから、書くことがないというのは、『オークストリートの異変』の感想を書いた先週から1週間なにも新しいものに触れていないということである。

 

ではその間何をしていたのかといえば、スト6だ。何もやる気が起きない中で、なぜかランクマッチはできてしまう。何か別なことをしようと思っていても、気づいたらPS5の電源を入れている。スト6が楽しいのであれば別に問題はないのだが、前回の調整で使用しているエドが弱体化して、しかもそれまで出来ていたことが出来なくなるタイプの調整であったため、プレイしている間のストレスが尋常ではないのだ。なのに気づけばランクマッチをしている。中毒である。

なぜ自分がここまでスト6中毒になっているかについて書くことはできる。しかし書く気にはならない。書いたところで意味がないからだ。何かに中毒になるときのしくみには、大したバリエーションが無く、最近で言うところの「ドーパミン中毒」という言葉で概ね説明が終わってしまう。自明のことについて書いても面白くない。

 

同じ理由で日記も書く気にならない。自分が経験したことは自明であるし、わざわざ文章として残す必要がない。必要なことはメモからリマインダーに残せばよい。要らなくなれば消去するだけだ。

そのうえカメラが自身の姿を写せないように、灯台が自身を照らせないように、自分のことなど自分では絶対に分からない。絶対に分からない対象が、その歪んだレンズ越しに写した世界を記述したものは、少なくとも自分にとっては全く価値のないものだ。

無論、価値のないものを生み出す自由はあるし、他人からすれば何らかの価値を持つこともあるだろう。自分を定義できないことに悩んでいる人ならば、ひとつの処方箋ともなり得るかもしれない。しかし、このブログは自分が自分が自分のために残している備忘録であり、自分にとって意味のないものを置いておく理由はない。ゆえに日記は書かない。

 

そんなことを言い出したら映画の感想だって意味が無いとも言えそうだがそうではない。映画そのものから受け取る情報は、その人の状態にもよるが基本的には同じであり、それをどう解釈するかはある程度論理の介在する余地がある。元となる情報が同じであれば、その解釈が妥当かどうかは客観的に検証できるし、妥当でない解釈も妥当でないものとして楽しむことができる。

自分の日常は自分という非常に偏ったレンズを通した見方しかできないが、映画やその他のエンタメ作品などは論理を通して様々な楽しみ方ができるから、感想を書くことには意味を感じられるのだ。逆に世間の解釈と自分の解釈が一致している場合は特に書く気にならないのだが(最近では『スパイダーマンBND』とか)。

 

…….ここまでものは試しと思ってダラダラと益体のないことを書いてきたが、どこまで行っても自分の理論でしかなく、書いていてあまり面白くはないため、スト6やめてなにか新しいものに触れていきたいところ。とりあえず今週は亜美真美あずりつのxR配信を観るから安心!

 

 

それではこの辺で。

 

お、マッチングした。

 

消灯ですよ。

【映画】『オークストリートの異変』感想(ネタバレ)

デヴィッド・ロバート・ミッチェル監督『オークストリートの異変』観ました。

 

平和な住宅街が丸ごと恐竜の蔓延る世界に転移!プラット一家は危険な世界でサバイバルを強いられる!……という、いかにもジャンル映画な設定で、起こる出来事も割と型通りだったりするのですが、とにかく全体のバランスがおかしくて観てる間中ずっと安心させてくれませんでした。

 

密かに物語を書きながら自由を夢見る妻、求職中の頼りない夫、天文学に興味を持ち研究の道を志す姉、常に怯えている気弱な弟という家族構成からして、フェミニズム的な「強い女性」が状況を打開していく姿を描いていくのかと思うのですが、必ずしもそうではありません。

もちろん本作では女性陣のほうが圧倒的に勇敢で頼りになります。そして男はどうしようもない奴ばかりですが、徹底して情けないだけで「有害さ」が強調されるわけでもなく(夫が妻の執筆を責める際、執筆それ自体ではなく、家族を見捨てるような内容に怒るとことか)、いずれにしても凶暴な恐竜たちの前では些細な差です。

 

では性別に関係なく降りかかる不条理を描くのかといえば、都合よくワームホールを見つけたり、あまりにもベタすぎるタイミングでしぶとく生き残っていた愛犬が助けに来たり、ちゃんと元の世界・元の時間に戻れたりと、あからさまにご都合主義な展開が急に差し込まれたりするので一貫性がない。

 

そして一番居心地が悪いのがあの結末。

転移前の夫を助けてハッピーエンド!……でも残された「この世界」の家族は?というのがどうしても気になってしまうラストですが、モヤモヤしながらもそこまで嫌な感じはしませんでした。

ドラマとしては「ここではないどこかを夢想していた妻が、極限状況を経験し、ここにある家族の尊さを知る」という形で綺麗にまとまっていますし、妻デニースが倫理を超えて自分に都合がいい選択をする姿に痛快さを感じたのも事実。

 

ともあれこんな変な映画を巨大なスクリーン(IMAXで鑑賞)で観るという行為自体にとても贅沢を感じました。満足。

 

 

今回はこの辺で。

 

消灯ですよ。

 

 

最近読んだ本あれこれ

最近読んだ本です。

 

「キャンセル・カルチャー」パニック
-パニックを生み出す言説空間-

アドリアン・ダウプ 著,藤崎剛人 訳

「キャンセル・カルチャー」がどのような経緯で広がり、その言説の多くがいかに誤解・偏見・誇張を含んだものなのかが丁寧に解説される。ただし、そこに含まれる個別の出来事自体の問題や妥当性についてはさほど踏み込まず、これといった改善策が示されるわけではないため、「キャンセル・カルチャーという概念を信じている人間がいかに愚かか」というメッセージばかりが伝わってきた印象。

 


ポストフェミニズムの夢から醒めて

菊地夏野 著

タイトルからフェミニズムのこれまでの歩みを振り返り、再検討するような内容を想像したが、そういうことではなかった。そもそも現在「ポストフェミニズム」なる状況にある(あった?)という前提知識が無かったため戸惑ったが、現在のフェミニズムが何を問題としているのかはなんとなく分かった。

 


同性愛について科学は何を語ってきたのか
-哲学的視点からたどる-

ピーテル・R・アドリアンス、アンドレアス・デ・ブロック 著,宇丹貴代実 訳

タイトルの通り、同性愛について科学は何を語ってきたのか、その歴史を様々な観点から振り返っている。遺伝子、ホルモン、環境など、同性愛には多くの要因が絡んでおり、その原因を特定するのは難しいということが明晰に示されている。それだけでなく、社会の価値観が科学に与える影響、科学が社会に与える影響まで考察されており、とても勉強になった。

 

 

暇と退屈の倫理学
目的への抵抗
スピノザ――読む人の肖像
國分 功一郎 著

全部Audible版で聴いた。「暇と退屈の倫理学」が自分の興味にドンピシャかつたいへん面白かったため、その他の著作も流れで聴いている。音で聴くことで入ってきやすい部分も大いにあるが、一部の哲学用語に関しては字で見た方が分かりやすいかも。これまで哲学に関してはどうにも興味が持てなかったが、徐々に面白さが分かってきた。

 

 

読書は現実逃避!

 

消灯だよ〜