ポルノの皮を被ったハードSFの皮を被ったポルノ『出会って4光年で合体』感想(ネタバレあり)

今話題の同人漫画、太ったおばさん著『出会って4光年で合体』読みました。

 

よくある男性向けエロ同人誌に見せかけて、思いのほか濃密なハードSFだったということで話題の本作。実際に読んでみたら、近年のSF傑作『プロジェクト・ヘイルメアリー』や『三体』が引き合いに出されるのも大袈裟でないと思えるほどの作り込みで、382ページをあっという間に読んでしまいました。間違いなく傑作の類ではあるのですが、露骨な男性向けエロ同人であることも間違いなく、しかもゴリゴリに小児性愛的なものであるので、全く人にお勧めできないのが難しいところです。ただそのあたりに抵抗が無い人は絶対に読んで損は無いと断言できます。

 

※以下ネタバレあり。また直接的な言及や引用は避けますが、一部性的な表現を含みます。

 

 

・あらすじ

本作は(あらすじにまとめるのが困難な作品ですが無理矢理まとめると)、公衆トイレで産まれ孤児として育った橘はやとは、中学生の頃引っ越した広島の離島で外界から隔離された傾国の美少女くえんと出会い、2人は時空を超え4光年先の宇宙で結ばれる……という話。

 

・お話について

物語は弘法大師が登場するような昔、西暦800年前後から始まり、現代に飛んだかと思えば生命の起源まで遡り、果ては4光年先の宇宙まで到達するという、予想もつかない展開にまずは圧倒されます。

この突飛な物語にリアリティを与えるのが、細かい文字でびっしりと詰め込まれた圧倒的な情報量。最初こそたじろいでしまいますが、読んでいけば台詞も地の文も思いの外ユーモラスで工夫も凝らされており飽きさせず、小説として楽しく読むことができます。その膨大な、ときに本筋と関係ないと思われた情報たちがクライマックスに向けて繋がっていく構成も見事。

そうして300ページを費やし積み上げられてきた世界観とキャラクター描写、そしてSF的奇想がどこに結実するかと言えば「セックスしないと出られない部屋」なのだから笑ってしまう。「セックスしないと出られない部屋」は2次創作界隈で一時期話題になったミームですが、その設定(あとは「エッチな催眠アプリ」なんかも)をリアリティを持って実現するために300ページ超を重ねているわけです。なんだそりゃ。

これだけ堂々たるSF作品でありながら、本作はあくまで「ポルノ」であることに自覚的で、大上段に構えることなく、「ポルノ」であることに対する矜持さえ感じさせます。それがストレートに表現されているのが主人公・橘はやとの友人・真男のこの台詞。

勝てないですかこういうのにポルノは。俺は悔しいよ。そこにあるのが仏教の経典だろうがシコりたい奴はシコっちゃうのが人間のいいところかもしんないけどさ、人間ってそんな風に人間なのかもしれないけど、はみ出たものを何かが受け止めるなら、その領分をやっぱり、頑張る姿が見たいぜ。だから頼む。土の中で光を浴びるのを待ってるポルノを、そのまま掘り出してそこに置く。きっとそれもまたポルノの中のならなければならない形なんだ。

本作は事実よく出来た作品ではありますが、これが広く一般に評価されるべきかと言われれば全くそうは思いません。あらゆる面で正しくないし。ただそんな「はみ出たもの」だからこその良さがあるのが本作なのだと思います。

 

・主人公の容姿について

また本作で特筆すべきは主人公・橘はやとの容姿について。

はやとは世間一般の基準からすれば、明らかな「醜男」として描かれています。しかし作中で特段そのことを強調することも無いですし、周囲の人たちもはやとの容姿を貶すようなことはせず、あくまで普通に接します。はやとも自分がいわゆる「醜い」容姿であることは自覚しながらも、それにことさら思い悩むことはなく、また世界を呪ったりもせず(しかし確かに生きづらさは感じている)、あくまで普通に心優しい人物として描かれます。唯一はやとが野良犬に餌をやっているのをクラスの女子にチクられ、その女子がはやとと同じ行動をしていたイケメンの先輩に告白してるのを目撃してショックを受けるくだりがありますが、あくまで容姿を直接貶されたわけではなく、しかし自尊心は深く傷つくという絶妙なエピソードだったと思います。

こういう「醜い」容姿のキャラクターを主役にする際、「この容姿のせいでみんな自分を嫌うんだ……」みたく自己憐憫的でウエットなものか、「自分のことキモいとか言ってくるやつらめちゃくちゃにしてやる!」と開き直りからの攻撃に走るもののどちらかになりがちだと思いますが、本作はあくまで「こういう顔の人なだけ」という感じでフラットに描いており、そのドライな視点がとても良かったです。もし美醜についてウジウジやるようなバランスだったら400ページ弱は付き合えなかったでしょう。

その上で世界から求められていない(と感じられる)はやとと、世界から求められすぎるくえん、反対の意味で世界からはじかれた2人の関係のロマンチックさは、その容姿のおかげでよりストレートに伝わってきます。まあこれは作者の過去作を見る限り、単に作者の性癖なのかもしれませんが。

 

・表現手法について

本作はその表現手法も面白く、まずは小説と漫画を合体させたようなフォーマット。台詞やナレーションは全て小説的にひとまとまりの文章にまとめつつ、グラフィカルな画面構成によって飽きさせません。吹き出しは擬音のみというのも、サイレント映画のようで、これだけの情報量でありながらさらに想像力を刺激します。

本作の背景はおそらく3Dモデルから線画をおこす形で作っていると思いますが、3Dならではの大胆な構図によってシンプルな線とトーンだけでしっかり見せるのは非常に上手いと思います。絵柄はCLAMPからの影響を非常に強く感じさせますが、その若干古風な絵柄と3Dの緻密な背景とのマッチングも新鮮でした。

反復表現もまた上手くて、冒頭鉄橋と精液を重ねるイカれたフェードインがあったと思えばクライマックスで改めて精液で橋がかかったり、くえんの家に向かう道中、初めは背を向け怖い表情をしていた巨大な狸の置物は終盤再登場の際には正面を向き笑っている、鳥居に書かれた文字が「戻れ」から「がんばれ〜」「も少し!」などポジティブなものに変わっているなど演出力も確かです。

 

・太ったおばさんの過去作について

こんなすごい漫画を描いた太ったおばさん(改めてなんてペンネームだ)は過去にどんなものを描いているのだろうと何作か買ったら、ストレートなエロ同人でそれはそれでビビった。ただ乾いたユーモアや構成の上手さ、理不尽で生きづらい社会や口淫に対する異様なこだわりなど、共通するものは結構あると思います。ただ本作「出会って4光年で合体」が気に入った方はpixivで公開されている全年齢向け漫画がおすすめ。命懸けでハローワークに並ぶ漫画や、賽の河原で石を崩す鬼の悲哀を描いた漫画など変な漫画が色々あって面白いです。個人的にはマイナンバーのマスコット、マイナちゃんの漫画が好き。

やっぱりというか小説も書いてる。

 

 

こういう出会いが不意にあると嬉しいですね。

 

それでは今回はこの辺で。

消灯ですよ。