【アイマス歌詞話】森由里子先生と『Snow White』

※この記事は2016年10月12日にニコニコブロマガに投稿した記事「アイマス作詞家のはなし 森由里子さんと「Snow White」 」をベースに加筆・修正を加えたものになります。

 

アイマスに関わりの深い作詞家さんの歌詞の特徴と、その方の歌詞を1つ取り上げてじっくり味わっていくコーナー。今回は森由里子先生と『Snow White』です。

 

森由里子先生について

 

主な提供作品
『青い鳥』
『眠り姫』
『約束』
虹色ミラクル
Star!!』他

 

 森由里子先生はアーケードの頃からアイマスに関わっている作詞家で(最初は椎名豪氏の指名で関わるようになったそう)、現在も765に加えてミリオンや、特にシンデレラの楽曲を中心に多数の歌詞を提供しています。アイマス以外ではドラゴンボール魔訶不思議アドベンチャー!』や中森明菜『TATOO』など、アニソンやアイドル曲などを中心に作詞をされているベテランの方です。

 

 森先生の歌詞の魅力として、単純ですがまず「分かりやすい」というのが一つあります。歌詞というのは、文章として成立していなかったり、意味がほとんど通じなくても、きちんと音に乗っていれば意外と違和感なく聴けるものです。しかし森先生の歌詞は、『蒼い鳥』であれば「夢のために別れを選ぶ話」、『Star!!』は「スターを目指して一歩を踏み出した人の話」といった具合に、一聴して何が主題の歌なのかすぐ理解することができます。そのうえ歌詞単体で読んでもちゃんと文章として成立していて、意味が通じるのです。歌に乗せながらそれらを成立させるのは意外と難しい。
もうひとつ、森先生の歌詞の魅力として大きいのが「美しさ」です。森先生の歌詞には、嫌味や悪意のようなものが全くないのです。テーマ自体前向きなものがそもそも多いのですが、例えば『蒼い鳥』などは、自ら別れを決めた女の子の歌で、テーマ的にはトゲのある歌詞になっても不思議ではありません。しかしこの『蒼い鳥』の歌詞では以下のように、あくまで一緒にいた時間は幸せだったと認めつつ、それでも夢を追うために別れを選ぶというトゲのない美しい構成になっています。

あなたの腕の鳥かごには
甘い時間だけが積もる
だけど紅い実を 今捜しに行く
いつかこの別れを そう悔やんでも

構成もさることながら、表現についても巧みに嫌味にならないような工夫がされています。上記に引用した『蒼い鳥』の歌詞は、要するに「あなたとの時間は幸せだった。でも私は夢のため別れを選ぶ。」ということなのですが、「幸せだった」というと「今はあなたとの時間は幸せではない」というように若干嫌味なニュアンスが感じられるのですが、実際の歌詞では「甘い時間だけが積もる」となっており、「積もった」ではなく「積もる」と言うことで「この先もあなたといれば幸せな時間を過ごせるだろう」と取れるようになり、先に述べた嫌味なニュアンスは感じないようになってます。
 
一方で歌詞において「分かりやすさ」と「美しさ」だけあっても、それだけであれば「いい歌詞」になるとは限りません。一歩間違えば当たり障りのない「どうでもいい歌詞」になりかねないのです。

 

「いい歌詞」とはどういうものか。私は素人ですから、その辺りを勝手に規定するのもおこがましいので、偉大な作詞家であるところの阿久悠先生の著書『作詞入門』から言葉を借りたいと思います。本書の中で阿久悠先生は歌詞を書き終えた後、改めて読み返す時に気をつけていることを挙げているので、その中からいくつか引用します。

・いいたいことがいえているか
・不快感はないか
・アイデアはあるか
阿久悠は存在しているか

これはあくまで阿久悠先生が気をつけていることであり、絶対ではないと先生自身も本の中でおっしゃっていますが、補助線としては大いに信頼できるものだと思いますので、この4点に注目して歌詞を見ていこうと思います。

 

話を森先生の歌詞に戻すと、まず1点目「いいたいことがいえているか」ですが、これは最初に挙げた「分かりやすさ」と同義であり、何ひとつ問題はありません。2点目「不快感はないか」ですが、これも先に挙げた「美しさ」と同義と言ってよいでしょう。3点目「アイデアはあるか」ですが、私はこの点が森先生の歌詞を豊かにしている大きな要素だと思っていて、森先生の歌詞には毎回必ず独自の表現が入っているのです。例はいくら挙げてもキリがないので、3曲に絞って引用していきます。

夢はダイヤ だから転んでも傷は残らない
強い意思(石)があれば凹んでも起きあがれるから

(ススメ☆オトメ ~jewel parade~)

緊張して震える両手
つないだ時 流れる勇気
まるで星が星座になったみたく
強くなれる そうstageの宇宙(そら)で

(M@GIC☆)

胸キュンで はにかんで
右手を振ったけれど
チャンスを追い越した
青春の道

(はにかみdays)

まず『ススメ☆オトメ ~jewel parade~』ですが、森先生の巧みな比喩表現が味わえます。ダイヤだから傷つかないとはよく言いますが、そこから「強い意志(石)が〜」とさらに重ねてひと通りの比喩で終わらせないのが凄いところ。引用した部分以外にも宝石を用いた表現がちりばめられてとても楽しい歌詞になっています。


『M@GIC☆』は『Star!!』から始まるアニメシンデレラガールズの主題歌の集大成となる曲で、歌詞にもそういった要素が見られます。それが特に強く感じられるのが引用した部分で、ステージを宇宙に、アイドルを星に例える比喩それ自体はそこまでフレッシュというわけではありませんが、星が繋がり星座になるというのはまさに「それぞれが独自の輝きを持ったアイドルが一緒になることでより強い輝きを放つ」というシンデレラガールズのあり方を体現しており、『Star!!』の星モチーフからの連続性もあり、とても秀逸な表現だと思います。これ以降アイマス曲に「星座になる」という表現がよく出てくるようになるのですが、それはまた別の話。


最後『はにかみdays』は、軽く韻を踏んでいて音で聴いた時にリズムを感じられ、それが歌詞の主人公の弾む気持ちを表現しているようで、音としての独自性を持った歌詞です。中でも引用した部分は、要は「好きな相手に手を振ったら緊張のあまりいつの間にか相手を追い越していた」というささやかな話なのですが、それをこれほどまで美しく、可愛らしく、音としても楽しく表現できるのは、まさに森先生の歌詞の魅力と言えると思います。

 

最後に「いい歌詞」の条件の4点目「阿久悠は存在しているか」つまり「作詞者は存在しているか」という点について、森先生は基本的に作品や歌い手に沿って職人的に歌詞を書かれる方で、一見作家性のようなものは薄いように感じられます(作品や世界観の理解度の高さもまた凄いのですが)。しかしここまで挙げてきたように森先生の歌詞は「分かりやすさ」「美しさ」「独自の表現」、つまり歌詞に限らずあらゆる表現において重要な要素が完璧に揃った結果、森先生独自の歌詞世界が出来上がっているのです。ひとつ尖った作家性があるとかではなく、あらゆる要素が完成されていることが作家性に繋がっているというのが森先生の歌詞の凄みだと思います。

 

 

『Snow White』

作詞:森由里子 作曲:rino

歌:如月千早


 

 

『Snow White』は私がアイマスの歌詞について深く考えるきっかけとなった曲で、森さんが担当されたアイマス曲の中で最も森さんの良さが出ている曲だと思います。

 

白い雪のように

光る雪のように

まだ未来は純白のまま

この曲の歌詞のどこに一番惹かれたかというと、サビの「白い雪のように 光る雪のように」という一節の特に「光る雪のように」という言葉です。雪が持つイメージといえば、「冷たい」「モノクロの世界」「静か」など寂しい印象のものが多いと思います。しかし『Snow White』では雪の白を光に見立てて希望を歌っているのです。まず「光る雪のように」がそれ自体非常に美しくなかなか無い表現だと思うのですが、その一般的に寂しい印象の雪から「希望」を見出す発想の転換は、そのまま歌詞の主人公が別れを乗り越えていくという歌詞の主題と一致しているのです。

 

それでは遡って冒頭から具体的に内容を追って行きましょう。

例えば君と
もし 出会わずにいたのなら
こんな痛みを 今
知らないまま いたけれど

まず冒頭の一節で「別れの話である」ということ、そして「もし出会わずにいたのなら」に始まり「いたけれど」と過去形で終わることから、という言葉から「出会わなければよかった」と悲しみにくれる歌ではないということが分かります。一文字も無駄な言葉がなく、端的に歌詞の内容を表現するこの一節にまず惚れ惚れします。その上「ia」の母音で細かく頭韻も踏んでいて(痛、今、しら、いた)、音としての美しさも兼ね備えているのがさりげに凄い。そしてネガティブな表現があるのはほぼこの冒頭くらいで、その後は一般的に寂しい印象を持つ雪から希望を見出すように、ネガティブからポジティブへの発想の転換が繰り返し行われていきます。

乗り越えた 悲しみが
人を強くするのならば
ああ 涙さえ
未来から 降り注いだ 贈り物

「悲しみ」は乗り越えれば「人を強くする」、「涙」は「未来から降り注いだ贈り物」という調子で、これ以降もネガティブからポジティブへの発想の転換が続いていきます。こういった歌詞の構成がまさに「別れを乗り越える」という歌詞の主題を体現しており、主題と手法が一致しているのがこの歌詞の凄いところ。

 

白い雪のように
光る雪のように
この心を白く染めて
歩いてゆく
足跡も 轍さえない道を

そしてサビに入りますが、ここでは「雪の白」を「光」に見立てることで、「寂しい心情風景」として描かれることの多い雪景色が「希望に溢れる世界」へと変わります。そして「足跡も 轍さえない道を」と重ねることで、さらに「未来への可能性」を強調するのが詩的かつ効果的で本当に上手い。

 

遠い記憶は

そう ユトリロの絵みたいだね

雪の降る日の街

さよならした あの歩道

これは2番の冒頭ですが、まず「ユトリロ」という実在する画家(白が特徴的なフランスの画家)の固有名詞が不意に放り込まれるのが面白いところ。森先生の歌詞はたまにこういった固有名詞が出てくるのですが、それがちょっとした引っかかりになって歌詞に深みを与えます。そして最後「あの歩道」の「あの」使い。「あの」は様々な歌詞でよく出てくる表現で、ともすれば「“あの日”とか“あの街”とか言われてもピンとこないんですけど」的に、作詞者だけしかイメージ出来ていないボンヤリした表現になりがちなのですが、ここでは前段で「街」の描写がしっかりなされているので「あの歩道」と言われてもしっかり「重要な場所なんだな」と理解することができます。ただボンヤリついているのではなく、強調としての機能がこの「あの」にはあるわけです。

 この胸の 鏡には
永久(とわ)にずっと映る景色
ただ 輪郭が
揺らぐのは 時間(とき)が魔法 かけたから

続くこの一節で、合わせて「辛い記憶も時間が解決してくれる」ということを語っているのですが、それをこんなにも美しく、ポジティブに表現できるのは森先生ならではだと思います。

 

遥かな君にも
切ない日にさえ
ただ ありがとうって言えたその時
心に灯る明かりに
導かれ 明日へ

最後は発想を転換していき別れを乗り越えた主人公が、希望を抱いて未来へと進もうとするところで終わります(「心に灯る明かり」と最後まで「光」にまつわるモチーフで一貫されているのが良い)。そもそも別れの曲自体「悲しい」「寂しい」という感情を主題に描いたものがほとんどで、このように別れを乗り越えていく様を描いた歌詞自体一般的には多くないと思うのですが、その上モチーフの用い方も秀逸で、表現も美しく、非常に完成度の高い歌詞になっているのです。

 

また歌詞そのものの素晴らしさもさることながら、歌詞は歌になって初めて意味をなします。突飛な歌詞の曲でも歌手によってリアルに聞こえたり、歌手が持つ文脈によってより深みを持って聞こえることもあります。『Snow White』も詞だけ見れば失恋の歌ともとることができますが、歌うのはあの如月千早です。ある程度知識のある人なら、どうしたって「弟との死別」を思い浮かべてしまうでしょう。また、それまで彼女に与えられてきた森先生作詞の楽曲である『蒼い鳥』『眠り姫』(孤独に別れを乗り越える歌)そして『約束』(仲間とともに別れを乗り越える歌)を経ての『Snow White』(ひとりで、しかし孤独ではなく孤独を乗り越える歌)と考えると、千早の変遷を辿るようで感慨深いものがあると思います。その後「MASTER ARTIST4」に収録された同じく森先生作詞の『Coming Smile』では、さらに一歩踏み込んで「希望」を前面に出した歌詞になっています。

 

ちなみに『蒼い鳥』『眠り姫』『Snow White』の童話をモチーフにした一連の楽曲は、森先生の中に続編の構想があるようで、それは『Coming Smile』のような希望溢れる歌ではなく、もう少し暗めの内容であるとのこと。とても気になる。(個人的には『Coming Smile』にも『黄金のガチョウ』がモチーフの一つになっていると思います)

 

『Snow White』は、まず歌詞そのものの完成度が非常に高く普遍的で、その上千早のキャラクターソングとしても非常に深みがあり、音楽的にも美しいという、完璧としか言いようのない歌詞になっていると思います。

 

森由先生の歌詞が素晴らしいというのは既に周知の事実ではあったとは思いますが、細部に注目していくと、よりその素晴らしさが分かると思うので、是非森さん作詞の曲を並べて歌詞を見たり、曲を聴いたりしていただければ様々な発見があると思います。この文章自体もともと2016年に書いたものですが、今回加筆・修正を行う中でまだ新しい発見がありました。見れば見るほどすごさがわかる。

 

 

それではこの辺で。

 

消灯ですよ。