エンターテインメントの最高到達点——『アメリカン・ユートピア』感想

アメリカン・ユートピア』観ました。

 

 

本作は元トーキングヘッズのデヴィッド・バーンによるブロードウェイショーを、『ドゥ・ザ・ライト・シング』等々のスパイク・リー監督が映画化したものです。

私自身トーキング・ヘッズの楽曲は全く聴いたことが無かったのですが、そんな状態の自分から観ても本作は紛れもない傑作でした。歌、ダンス、演奏、トーク、照明、編集、構成、メッセージの全ての要素が素晴らしく、それらが綿密に絡み合ってまさに「ユートピア」を見せてくれます。

 

舞台は非常にシンプルで、クリスタルのすだれが舞台の3方を囲っている以外は、冒頭でバーンが座る椅子と机、脳の模型やトーチといった小道具がたまに登場するだけで、基本はがらんとしています。バンドはドラムも含めて全員楽器を身につけて動き回るので、ひとつの楽器さえステージには置かれていません。その上全員が裸足という、極限まで要素が削ぎ落とされたステージです。さらに出演者の衣装もステージも同じグレーの色調で統一されており、色彩はほとんどありません。

しかし、このようにシンプルなステージであるからこそ、照明が最大限に活きるのです。グレーの色調のおかげで照明を落とすと全てが暗闇に包まれるので、ステージの一部に照明が当たれば、奈落の中でステージがせりあがっているような効果を生み出します。ステージを真っ二つにしたり、チェス盤のようにしたり、その効果は自由自在です(クッキリ四角でステージを照らす技術が地味にすごい)。そのほかにも、『I Should Watch TV』ですだれの向こうから一箇所だけ青白い照明を当ててTVを見てる様を表現したり、後ろに巨大な影を映し出したり、非常に多彩な照明のアイデアで楽しませてくれます。

ただそうなるとステージ上の立ち位置が非常にシビアになりそうなものですが、そこは衣装の肩にセンサーが付いており、ある程度柔軟にコントロールできるシステムになっているようです。それでもかなりの練習が必要なのは間違い無いでしょうが。

 

もちろんシンプルなステージで映えるのはパフォーマンスについても同様で、デヴィッド・バーニー本人はもちろん、ダンサー、バンドの計12人がそれぞれの仕事だけにとどまらず、全員で歌い踊り動き回るので、揃いの衣装もあって全員でステージを作り上げてる印象がとても強い。誰が主役というわけでもなく、さまざまな人種やさまざまな背景を持った人々がいっしょになって素晴らしいステージを作り上げる様は、終始ものすごい多幸感に溢れています。

中でもダンサー2人、黒人女性とメイクを施した男性という組み合わせがまず良いですが、彼らのダンスが終始ステージの楽しさを倍増させてくれます。2人とも身のこなしから非常に高いスキルがあるのが分かるのですが、ここで踊るダンスがシンプルかつコミカルで、スキルを見せつけるとかではなく、何よりも楽しさが伝わる素晴らしいダンスでした。

 

これら生のステージとしての素晴らしさがある一方で、映像作品ならではの良さもしっかり兼ね備えています。たびたび用いられる俯瞰ショットで照明やフォーメーションの美しさを最大限堪能できるほか、すだれの外側から撮ってみたり、ダンスに合わせてカメラを傾けたり、元のステージを120%活かし、飽きさせない撮影と編集がなされているのです。一箇所ジャネール・モネイのカバー『Hell You Talmbout』でだけ、ステージのパフォーマンスから離れて、ここで叫ばれる差別の犠牲となったアフリカン系の人々たちの名前に合わせて、彼らの写真及びそれを抱える遺族の映像が差し込まれます。ここはまさにスパイク・リー色が全面に出ていて、それまでのステージから飛躍する場面ですが、どれだけ強調してもしたりない事柄でもあり、そもそも本作において最も重要なパフォーマンスのひとつなのは間違いないので違和感は全くありません。ここは特に映像作品ならではのパワーが感じられる場面になっています。

 

終盤にかけて、最初に投げかけた「人は歳を取るにつれ脳細胞の繋がりは失われ、どんどんバカになる一方なのか?」という問いに対して、より重要なつながりと、選挙に行くことの重要性、総合して「社会を良くしていこう」というポジティブなメッセージに帰着していく構成もまた見事。

まず中盤まではバンドメンバー同士が向かい合って演奏したり、舞台上の人間が皆バラバラの方向を向いてたり、必ずしも観客の方を向かず、舞台上の人間で楽しむことを重視しているようです。それが終盤『Hell You Talmbout』を中心に観客を巻き込むような楽曲が増えていき、ついには『Road to nowhere』を演奏しながら全員で客席を練り歩きます。そしてショーが終わり、自転車で会場を後にするバーンを出待ちのファンが見送るというラストシーンから、トークでも言及された『Everybody's Coming To My House』をデトロイトの高校生が合唱したバージョンをバックに、メンバー全員でニューヨークの街を自転車で走り回る映像と共にエンドロールが流れます。

これはさながら個人や仲間内から始まった変革が次第に周りに広がって行き、最後には社会を変えていく様を表しているようで、構成からも「ユートピア」を実現していくんだという強い意志が感じられます。

最後に表示されるのは「UTOPIA STARTS WITH U(YOU)」の文字。ここまで示してきた社会変革の可能性を観客に託して映画は終わります。最後に至るまで隙が無い。

 

個人的にスパイク・リーは、エンタメ性とメッセージ性の両軸で叩きつけてくるストロングスタイルなところが好きだったのですが、今回デヴィッド・バーンと組んだことで、そこに強い芸術性を加えた上、すべての要素が完璧に合致した大傑作が生まれてしまいました。現状エンタメの最高到達点と言って過言ではないと思います。完璧。

 

それでは今回はこの辺で。

消灯ですよ。