ラップが一般的になって以降、日本のポップスの歌詞でもラップ的に韻を踏んでリズムを強調するようなものが多くなってきました。
「韻を踏む」といったときに、たいていの場合は小節終わりの語尾の母音を合わせたりする脚韻を指していることが多いですが、語頭の音を合わせる頭韻もありますし、子音が絡んできたりもします。
そういった韻を小節単位よりもっと細かく分節単位で意識していくと、非ラップ曲でも歌詞の響きがよりスムースになるのでは?というのが今回の話です。
具体的にどういうことかというと、例えば正岡子規の「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という俳句がありますが、まずこれを文節に区切ると「かき/くえば/かねが/なるなり/ほうりゅうじ」となります。「かき/くえば/かねが」までは語頭の子音が「k」で揃っており、「かねが/なるなり」は語頭の母音が「あ」で揃っています(また「なるなり」自体も母音「あ」+子音「r」が繰り返されリズムを作っています)。そして最後も「なるなり/ほうりゅうじ」では語尾が母音「い」で揃っていて、全ての文節が前後の文節と頭韻あるいは脚韻を踏むような形になっていて、孤立した音の文節がありません。(「韻を踏む」と言った際に、大抵は2文字以上の場合を差しますが、今回は便宜上1文字でも韻として進めます)
また別のパターンとして松尾芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」という俳句を挙げましょう。これはまず「ふるいけ“や”/“か”わず」と母音「あ」がしりとりのような形で繋がっています。そして「かわず/とびこむ」と脚韻「う」で揃えた後、「とびこ“む”/“み”ずのおと」と子音「m」がしりとりのような形で繋がっています。ようはこの調子で、脚韻・頭韻・しりとりのような形で各文節の母音・子音を揃え、歌詞内の文節をなるべく孤立しないように構成していくと、リズムが途切れずスムーズな響きになっていくのです。俗に言う「語呂がいい」文はだいたいこの形だと思います。
改めて説明するとややこしいですが、プロの歌詞では多かれ少なかれ自然にやっていることです。実際の歌詞を見てみましょう。まずは宇多田ヒカルの最新アルバム「BADモード」から表題曲『BADモード』の冒頭の歌詞を引用します。元の歌詞と、その歌詞を文節に区切って対応する音をそれぞれ同じ色でハイライトしものを交互に並べていきます。歌の文節は通常の文節とは異なったりするので(宇多田ヒカルは特に)、実際の歌唱に合わせて区切っています。
いつも優しくていい子な君が
調子悪そうにしているなんて
いったいどうしてだ、神様
そりゃないぜいつも/やさしくて/いいこな/きみが
ちょうし/わるそうに/して/いるなんて
いったい/どうしてだ/かみ/さま
そりゃ/ないぜそっと見守ろうか?
それとも直球で聞いてみようか?
傷つけてしまわないか?そっと/みまもろう/か
それとも/ちょっきゅうで/きいて/みようか
きずつけて/しまわないかわかんないけど
君のこと絶対守りたい
絶好調でも BAD モードでも
君に会いたいわ/かんない/けど
きみの/こと/ぜったいま/もりたい
ぜっこうちょう/でも /BAD モード/でも
きみに/あい/たい
冒頭は基本的に各文節の語頭が母音「い」で揃えられていて、語頭が揃っていない「優しくて」と「どうしてだ」も中間の「し」にアクセントが置かれているので、途切れた印象なくスムースに繋がっています。また、同様に語頭が揃っていない「悪そうに」も直前の「調子」と脚韻で踏まれています。そして「どうしてだ」から「あ」の母音でしりとり・頭韻・脚韻・しりとりの順で繋がっていて孤立した文節がありません。
そして次の展開では「そりゃないぜ」の「そ」を取って「そっと」「それとも」と小節単位で聴いたときに語頭が揃う形になっています。ここでは「みまもろう」の歌い回しが特殊で、「ろう」の音を伸ばすような形で直前の「そっと」の音と合わせています。「お」の頭韻で倒しながら、「ちょっきゅうで」に至って「きゅう」にアクセントを置いて「きいて」と「き」の音を重ねつつ自然に母音「い」の頭韻に移行しています。小節単位で聴いていくと語尾を全て「か」で揃えてまとまりを持たせています。
そして引用部最後は前段語尾「か」の母音「あ」をしりとりで拾って、「わ」と独立して発音した後、「かんないけど」と母音を合わせつつ「きみのこと」と子音「k」の頭韻に繋げます。「絶対守りたい」で子音「k」から離れ、また別の流れに入ります。ここは「ぜったい/まもり/たい」と区切れば母音「い」の脚韻で通せたりもするのですが、「ぜったいま」で区切ってと子音「m」のしりとりで繋げているのが面白い。これはおそらく「ぜったい」で区切ると、次の「ぜ」で頭韻を重ねている「絶好調」と音の長さが揃わないため、「ま」まで入れて長さを揃えているのだと思います。そして続く「BAD」を英語的に発音して「絶好調」と「BADモード」で韻を踏んでいるのが、意味も対応していて韻として良くできている。
最後は独立した文節で「きみに/あい/たい」と脚韻「い」と頭韻「あ」の組み合わせで締めています。曲中の展開が区切られるタイミングであれば、それまでの文節の音から独立していても違和感が無く、逆に言葉を強調する効果もあります。
次に挙げるのはB'zの『Wonerful Opportunity』。B'zはラップ調の曲があったり、韻の意識がかなり高いグループなのですが、この曲はその中でも韻が印象的な一曲です。サビでは分かりやすく韻を踏んでいるのですが、今回取り上げるテクニックに特に沿っているのが平歌部分なので、冒頭から歌詞を引用していきます。
手も足も出ないような 悩みに縛られて
ひとりきりむりやり酔っぱらって アルバムを抱いて寝た
目が覚めれば気分が悪い
それだけで 何も変わってないね やっぱり
てもあしも/でないような/なやみに/しばられて
ひとりきり/むりやり/よっぱ/らって/あるばむを/だいて/ねた
めが/さめれば/きぶんが/わるい
それ/だけで/なにも/かわって/ないね/やっぱり
冒頭から頭韻・しりとり・しりとり・頭韻で文節がしっかり繋がっています。その次が面白くて、ひとり/きり/むり/やり/と「り」を細かく刻んで、最後の「やり」から子音「y」を拾って「よっぱ/らって」にスムースに移行するのでリズムも途切れません。以降も「ねた」から「めが」と韻で繋げて、小節頭の「それ」を除いて全て音が何かしらで繋がっています。
最後に挙げるのは、私が敬愛する作詞家の森由里子先生。今回の法則も、元は森先生の歌詞を聴いてる中で気付きました。いくつか引用していきますが、まずはアイドルマスター初期楽曲『太陽のジェラシー』の冒頭から。
もっと遠くへ泳いでみたい
光満ちる白いアイランド
ずっと人魚になっていたいの
夏に 今Diving
もっと/とおくへ/およいでみたい/
ひかり/みちる/しろい/あい/らんど/
ずっと/にんぎょに/なっていたいの/
なつに/いま/だい/びんぐ
冒頭から「お」の頭韻、「と」のしりとり、「え」の脚韻と、複数の音がかけられており、「みたい」「ひかり」と韻のしりとりでつなげた後は、「い」の頭韻で続けて「い」の脚韻から「あ」の頭韻を重ねて綺麗に締めています。
「らんど」「ずっと」「にんぎょ(に)」と「お」の脚韻を刻んだ後、「に」の子音「n」の頭韻を重ねて「なって」「なつに」と繋げますが、ここは文節の語尾も全て「n」の子音で揃っているので、より強いまとまりが感じられます。
最後はしりとりで畳み掛けての締めですが、締めでそれまでの流れから変化させることで次の展開に移行する頃を感じさせます。
次もアイドルマスター初期楽曲から『蒼い鳥』冒頭部分。
泣くことならたやすいけれど
悲しみには流されない
恋したこと
この別れさえ
選んだのは自分だから
なくこと/なら/たやすいけれど/
かなしみ/には/ながされない/
こいした/こと/
このわかれ/さえ/
えらんだのは/じぶんだから
これはかなりシンプルで、母音「あ」の頭韻から「こ」の頭韻、最後は「あ」の脚韻でわかりやすく音が揃っています。注目すべきは最後「わたしだから」などとすれば、「あ」の頭韻でより細かく刻めるところをあえて「じぶん」にしている点。これはおそらく同じ音の「は」と「わ」が連続すると発声しづらいのと、「だのは」「だから」と強い濁音に挟まれているため「わたし」では印象が弱くなるところ、「じぶん」と濁音で揃えて音の強さを合わせたのだと思います。一つ前に引用した『太陽のジェラシー』の最後「だい/びんぐ」もしりとりでありながら、語頭を濁音で揃えてリズムを作っています。
ここまで紹介してきた法則は、あくまで歌詞の内容や譜割りがしっかりしている上での+αなので、こうなってないからダメということでは全然なくて、この法則に従ってなくても良い歌詞はいくらでもあります。特に物語性が強い歌詞は音を揃えるよりも内容を優先する傾向があるような気がします。ただ言葉の置き換えが可能なら、ある程度は音を揃えた方がいいでしょう。また、今回引用した『蒼い鳥』のように、置き換え可能なのにあえて音を外しているのは別の理由があるのでは?と、なぜその表現になっているのか読み解く際の補助線にもなるので、意識してみると楽しいと思います。まあここまで色々書いておいて難ですが、私自身は歌詞書いたことないので読み解くばっかりですが。
それではこの辺で。
消灯ですよ。