アイマス曲の作詞家さんについてと、その方の歌詞を1つ選んで書くやつです。
今回は只野菜摘さんです。
只野菜摘さんについて
主な作詞楽曲
『スキ』
『CRIMSON LOVERS』
『Sunshine See May』
『不埒なCANVAS』
『1st Call』など
只野菜摘さんは、1980年代から活動しているベテランの作詞家です。「ももいろクローバーZ」「でんぱ組.inc」などのアイドルや声優ソング、「プリキュア」シリーズなどのアニメソング、アイマスはもちろん「アイカツ!」シリーズや「Wake Up, Girls!」といった2次元アイドルコンテンツなど、幅広く多数の楽曲を手掛けられています。最近は神前暁さんを要するサウンド制作会社「MONACA」のクリエイターとのタッグでもおなじみ。
アイマスにおいては『Colorful Days』(2008)に収録された『スキ』で歌詞を初提供。その後『THE IDOLM@STER RADIO』の終了にあたって制作されたCD『THE IDOLM@STER RADIO LONG TIME』(2009)で『てがみうた』『pinkのfebruary』『Melting season』の3曲を提供して以降はしばらく空いて、『THE IDOLM@STER MASTER PRIMAL ROCKIN' RED』(2017)収録の『CRIMSON LOVERS』で久々に参加。それからはシンデレラガールズを中心に定期的に歌詞を提供しています。
詩的な表現や情景描写を重ねた、一見すると抽象的に思えるような歌詞が只野さんの歌詞の特徴として言えると思います。ただその中で語られる考え方には迷いがなく主体的で、達観しているとさえ言えます。そして語られている内容は一貫性があるので、きちんと読めば抽象的な表現も意図が伝わりますし、全体としては非常に力強く、芯のある印象を得られるでしょう。
最初のアイマス作詞曲にあたる『スキ』は、基本的にはポップな王道片思い曲でありながら「風が揺れて 裾が揺れて 鳥達が飛び立った」と情景描写が途中で挿入されたり、「ほんわかして、あげたい」といった、よく聞くと不思議な表現が織り交ぜられていて、この時点でしっかりと只野さんの色が出ています。特に特徴的なのが次の一節。
両思いは ゆめ、ぜんぶ
うけとめることね まるをつけるよ
この片思いに対する非常に達観した姿勢は以降のアイマス曲でも度々見られます。そして、そのような姿勢は片思いに限らず、他のトピックを扱った歌詞の多くでも共通しています。
まだ息をひそめる
もし片思いでも
蠍座の星の下で 熟成は運命
『Melting season』
勇気出して ぶつかってみる
1回くらいの告白で
世界が塗りかわるとは思はないけど
始めなくちゃ
『不埒なCANVAS』
永遠の片思いでも
歌に描くことはできる でしょ?
『イケナイGO AHEAD』
逆に告白されたときの感情を描いた『躍るFLALGSHIP』でも、受動的な状況でありながらも主体性を失わず、芯の強さをうかがわせます。(「あいつを倒せた」などは歌の中でなかなか聞かないフレーズで面白い)
本当を言うと 他の人のこと浮かべてた
溺れそうな恋と海賊に出会った話
記憶の中でやっと あいつを倒せた
けど 忘れ去るためだけに
新しい物語の旅に出たりはしない 決めたルール
只野さんの歌詞は、ひとつひとつの表現を味わってなんぼなので、前置きもほどほどに1曲を取り上げて細かく歌詞を見ていきます。取り上げるのは只野さん作詞曲の中でもとりわけ濃厚な『CRIMSON LOVERS』です。
『CRIMSON LOVERS』
作曲:広川恵一(MONACA) 作詞:只野菜摘
歌:天海春香、如月千早
『CRIMSON LOVERS』は「THE IDOLM@STER MASTER PRIMAL ROCKIN' RED」に収録されている楽曲。作曲の広川さんはこの曲でアイマス初参加。
「MASTER PRIMAL」シリーズの歌詞は、基本的にタイトルに冠された色をモチーフとしており、この『CRIMSON LOVERS』ではもちろん「赤」が非常に印象的な形で用いられています。
CRIMSON 月がどうして燃えるの
今夜 脈が 早くて あついの
冒頭から燃える=赤い月(「ブラッドムーン」とも呼ぶ)、「脈」と赤にまつわるモチーフ、とりわけ「血」を連想させる表現が重ねられますが、次の一節の合わせて読めばそれが何を表しているかは明白です。
(CRIMSON) 昨日までと違う
(LOVER) 生命体になる
(CRIMSON) 曲線も質感も
変わってく 予感がしてる
血、曲線も質感も変わっていくとくれば、それはもうはっきり第二次性徴的な、女性の身体へと変化していくさまを表していると読み取ってよいでしょう。その生々しさはもちろん、そういった「変化」を肯定的に捉えて力強く進んでいく歌詞は、時を重ねた765だからこそ可能な表現と言えると思います。
疼く 悩む 唇 噛んだ
時を 抱いた 奇跡になりたい
緋い力 受けいれ 生まれ変わる
進化した私を気にいっている?
時を重ね、変化していくことに関してはどうしてもネガティブな反応も多く、逆にいつまでも変わらないことが良きこととされる中で、「時を重ねることもひっくるめてよくあり続けること」を語る「時を 抱いた 奇跡になりたい」という一節が力強く響きます。「疼く 悩む 唇 噛んだ」という葛藤からの自身たっぷりな「進化した私を気にいっている?」という締めも心地よい。
女の子が 女になるのは
簡単じゃない 劣化はできない
愛せるかな きみは私を
熟成してく 真紅のワインを
2番冒頭のこの一節は、1番で語られていたことがより明確に示されています。時を重ねることを「熟成してく真紅のワイン」と表現するのは美しいだけでなく、やはり血を思わせるモチーフであり、歌詞全体の一貫性にも寄与しています。
(CRIMSON) 約束交わすより
(LOVER) 綺麗と感じちゃう
(CRIMSON) そっと結んでくれた 赤い糸
画が浮かぶ描写に複雑な感情を象徴させるのも、只野さんの歌詞では多く見られる表現です。ここでは赤い糸に対して「綺麗と“感じちゃう”」と繋げることで、単にロマンティックなものではなく、背徳的なニュアンスを含んだものにしています。
刺さる 爪が 割れてる 小指
強気 弱気 切ろうか 知りたい
リスク承知で 大好き 魔法をおくる
進化した私を気にいっている
赤い糸から指にズームしていくようなカメラワークがまずうまい。熟成していくにしろ、変化には摩擦も付き物ですが、それを割れた爪に象徴させたうえで、傷つけるリスクも承知のうえで摩擦すら肯定していくような力強い一節。
ちょっと傷つけちゃった 平和の翼の端っこ
ブラッディ ルビーが好きなの 鳩の血に似てる
度々話題になるこの一節もここまでの文脈の中で見れば全然おかしいものではなくて、前段の「刺さる 爪が 割れてる 小指」から「傷つけちゃった」に繋がりますし、「平和の翼=鳩」は例えばアイドルに対する神聖な幻想の象徴であり、それを傷つける生々しいこの歌詞全体の構造を語っていると読むことができます。また「鳩の血(ピジョンブラッド)」は最高級のルビーを表す表現でもあり、そういった表面的な部分でも意味がかけられていますし、やはり血にまつわる表現で一貫しています。とはいえあまりにも印象的なパンチラインなので、ここだけ話題になるのも当然だとは思います(曲としても決めどころですし)。
CRIMSON LOVERS そうして燃えるの
今夜 脈が 速くてあついの
会いたい そして 後悔したくない
接触してよ 宿命みたいに
そして冒頭のフレーズが繰り返されるのですが、「どうして燃えるの」から「そうして燃えるの」、「だけど連絡したくない」から「そして後悔したくない」と完全に心が決まった表現に変化していて、最後に向けて曲を盛り上げます。
進む 進む 朱色の種族
時を 止めない 永遠に なりたい
リスク承知で 大好き 魔法をおくる
進化する私を気にいっている
最後の一節はまず頭韻を重ねた言葉がメロディーと完全にマッチしていて非常に心地いい。歌いたくなるフレーズ。また1番の「時を 抱いた 奇跡になりたい」から「時を 止めない 永遠に なりたい」と変化しています。頭韻を重ねてリズムを作るのもあるでしょうが、より明確にこの歌詞の内容を表していて締めにふさわしいと思います。
このように只野さんの歌詞は、一見難解でもちゃんと読めば分かるようにできているので、改めてじっくり歌詞を読んでいくのも楽しいと思います。
それでは今回はこの辺で。
消灯ですよ。