【読書感想】『格差という虚構』

格差という虚構

小坂井敏晶/ちくま新書

 

刺激的なタイトルである。目下世界中で問題となっている格差が「虚構」というのならば、格差について頭を悩ませるのは無駄ということになってしまうのではないか。

正確に言えば、本書は格差そのものではなく、格差を正当化する「メリトクラシー」という考え方の虚構性と問題を明らかにするものだ。メリトクラシーとは「個人の能力によって地位が決まる=それによってできる格差は正当なものである」という考え方である。

かつては強力な身分制度により、階級間の移動は困難だった。それに比べれば、個人の能力によって地位が決まるメリトクラシーは一見正当なものに思える。しかし、この考え方の根本となる「個人の能力」などと言えるものは存在しない。人間は遺伝や環境などの外因の沈殿物であり、人々の間に現れる差も同様に外因の産物だ。実際、裕福な家庭に生まれればその分だけ機会に恵まれ、貧しい家庭に生まれれば機会を得られず結局階級は固定される。自らの責任において選択・行動する確固たる「個人」および「主体」というものは虚構であり、「お前の境遇はお前の責任である」とするメリトクラシーがどうして正当と言えようか。

本書ではこのように格差にまつわる言説をひとつひとつ解体していく。どうしたら格差が無くなるか、どのような世の中にしていくべきか、そんなことは語られない。人間がひとりひとり違う以上、格差はなくならないし、格差が小さくなれば嫉妬や苦しみはむしろ大きくなる。それよりも、格差が社会においてどのように受容・隠蔽および反発されていくのか、前提となる仕組みをこそ本書では明らかにする。

著者の過去作『民族という虚構』や『責任という虚構』などと同様、本書でも社会に潜む虚構を暴きつつ、なぜそのような虚構が生まれるのか、その虚構は社会においてどのような役割を担っているのかと、虚構の必要性まで踏み込んで考察される。そのため、虚無的な結論が次々投げられるが、ニヒリズムには陥らない。本書でも、出口の見えない格差問題に「偶然」という観点から希望が示される。もちろん、格差問題を一気に解決するようなものではないし、そんなものは存在しないことを本書では語っているのだが、読後感としては非常に爽やかなものがある。

 

 


 

というわけで、なんとなく書評っぽく書いてみました。個人的に小坂井氏の著書にはかなり影響を受けていて、多分出ている本はほとんど読んでいます。本書はこれまでの総集編であり最新成果といった感じで、やっぱり面白かったです。本書を読んで気に入った方は、同じ著者が書いた今回のベースにもなっている『民族という虚構』や『責任という虚構』を読むのもいいですし、それら2冊の内容に加え社会心理学という学問についても批評的に論じられている『社会心理学講義』もおすすめ。

 

それではこの辺で。

消灯ですよ。